知らないと損する不思議な話

★知らないと損する不思議な話_【斎藤一人さん】

え~とね、今から、幸せになる話。
俺はこれが本当の成功法則だと思ってるのね。
納税日本一になった人が語る
成功法則の真髄だと思ってるから。
たた、途中でほら、俺神様好きだから、
神様とかって言葉は使うけど、
まったく宗教とかそういうものとは関係ないからね。
そのことを頭に入れて聴いてください。

最初、成功法則じゃないように聞こえるけど、
成功法則なの。
本当に楽しい成功法則だからね。
だんだん楽しくなるからね。聴いててね。

あのねぇ、人間ってね、
何度も何度も生まれ変わるんだよ。

俺たちは今世もあるし前世もある。
これを信じられる人は半分なんだよね。

キリスト教圏っていうのは、
輪廻って認めてないから、
これは100%信じる人、いなかった。
で、日本は仏教で、輪廻の話、
してんだよね何回も。
生まれ変わりはあるよ、
って話はしてんだけど、
まあだいたい半分かな?

それでね、最近アメリカやなんかでも、
退行催眠つって催眠術かけて
5歳のときの経験は?とか、
10歳のときどうだとか、
下がってくと、
過去世の事を話し出す人がいっぱいいるんだよ。

それをおっかけ調査すると
ほんとだってことがわかってきちゃったから、
アメリカで、キリスト教の国でも
だんだん考えが変わってきちゃったの。
アメリカってね、科学的に調べるとこなの。
立証して立証するんだよね。

それで、前世はあるぞって
話になってきちゃったんだよね。
だから、全員に信じろって話とかじゃないんだよ。

それで、俺は、前世はあるんだよってことで話するからね。
信じられない人は、
おとぎ話聞いてるようなつもりでいて。

それで、最近ちっちゃい子やなんかで、
過去世を覚えてる子が生まれてきたりするんだよね。
僕は、どこどこの村で生まれ何歳で死にましたとかって。

生まれ変わった子が、そこに行くと、
「ここは誰々のおじちゃんのウチだ」
とかって言うんだよね。
ホントにそうだったりするんだよね。

そんなことが、だんだんわかってきたときに、
じゃ、人はなんで、何度も生まれるんだ、
ってことになるんだよね。
人は、やり残したことがあるから生まれるんだ。
何度も何度も生まれるのは、
やり残したことがあるんだ。

じゃ、そのやり残したことはなんですか
っていったとき、魂の成長なの。
魂の成長で生まれるんだよ。
簡単に言うと、人間の魂、
霊魂っていうのは、死なないんだよ。

だって、最近、ウチがほら、
浄霊やなんかするとさ、
後ろに霊が出てきたり、
しゃべったりするんだよ。
霊がいるっつうことは、
死なないんだよ、わかるかい。
死んで終わりだったら、
霊魂は出てこないんだよ。

この前、生まれ変わりは信じないけど、
幽霊は信じる、って言う人がいたんだけど、
それってムチャなんだよ。
幽霊がいるっつうこと自体、
霊魂不滅の話してんだよね。
死んで終わりだったら、
浮遊霊は出てこないんだよ。
ただ、あの世に行かないやつがいる、という話で。

これから成功法則の話なるからね。
人間って、魂がどんどんどんどん成長してくるんだけど、
その成長はなんでするかっていうと、
因果を通して成長するようになってんだよ。

カルマっていうんだけど、
カルマってのは、悪いことをすると悪いことが起きる。
いいことをすると、いいことが起きる、
それをダルマっていうんだよ。

それで、この因果を怖いものだと思ってる人がいるけど、
因果って怖くもなんともないんだよ。
怖いものとしていった奴がいるんだよ。
それは、因果を商売にしてるヤツがいるんだよ。
実際は、そんな怖い話ではないんだよ。

因果っていうのは、
たとえば私が、恵美子の足を踏むよな。
それでも俺は痛くないんだよ。
でも踏まれた恵美子は痛いよな。
オレがまた踏まれれば、痛いのはわかるよな。

人間って、やったり、やられたりして、
人の痛みがわかるようになるんだよな。
じゃあ、因果が罰ですかっていうと、
罰ではないんだよ。
オレが、恵美子さんの足を
三時間踏むとするんだよ。
じゃ、オレが三時間、
踏まれるんだったら罰なんだよ。

だけど、魂の成長だから、
「オレも前世で人の足、踏んだんだな」って。
だから人の足って、やられたらよくわかったよ、
こんなことはもう二度とやめよう、
人の嫌がることはやめよう、
つったら、これを因果の成就というんだよ。
もう、その因果は、成就したら消えちゃうんだよ。

だから、簡単なこというと、
人の悪口ってね
「あの人はああなのよ」
って言ってるときはいいんだよ。
だけど、逆に言われると相当ショックなんだよ。

いじめも、いじめてる奴は楽しいからやってんだよ。
だけど、やられてるほうは、
自殺するぐらい、命にかかわるぐらい、
嫌なんだよ。
そんなのって、かわりばんこ
やられないとわからないんだよ。

だから前、忠夫ちゃんが会社でいじめにあってたとき、
「その上司に『ありがとう』って言ってごらん」って。
それで忠夫ちゃんが「感謝してます」って言ったら、
いじめがなくなったんだよね。

なぜかっていうと、魂ってグループなんだよ。
それでね、かわりばんこね、田舎芝居だと思ってて。
旦那さんが前世で弟だったり、
奥さんが妹だったりとか、
メンバー同じなんだよ。
それをソウルメイトっていうんだよ。

で、忠夫ちゃんが昔、
自分が上役だったとき、
嫌な上役だったんだよ。
で、ここでよく覚えてよ。
因果の法則というのは、先祖供養って、
よく先祖が浮かばれてないから、
あなたに嫌なことが起きますとか、
先祖が悪いことをしたから
あなたに悪いことが起きます。
それから、先祖がいいことしたから
あなたにいい事起きるんだね、って、
いい先祖持ったねっていうけど、これは嘘なの。

簡単に言うと、先祖がいいことしたのは、
先祖が生まれ変わったときいいことがあるの。
先祖が悪いことしたから、
あなたに出てんじゃないの。
先祖が生まれ変わったときに、
悪いことが出るの。

あなたに悪いことが出てるのは、
あなたがやったの。
あなたが太ってるのは、あなたが食ったの。
あなたがデブなのは、
あなたが食いすぎたんであって、
先祖が食いすぎて
あなたが太ってるわけじゃないんだよ。

あなたが痩せたのは、
あなたが食事節制するとか、
運動するとか、
ダイエットしたとかあなたの努力なんだよ。
キリストがね、
みんなの罪を背負って十字架にかかった、っていうの。
で、ホントに、その気でやってくれたの。
ただ問題は、人の罪は背負えないの。
誰かがあなたの代わりに
おしっこに行くことはできないの。

因果っていうのは、
あなたのやってものが出てくるんだよ。
あなたのやったことが出てくるんだから、
必ず刈り取らされるんだよ。
今世いいことをしたのは、
来世いいことが出るんだよ。

あんないい人がなんで、
あんな苦労してんのかしら、っていうけど、
前世でロクでもないことをしてるんだよ。
みんなロクでもないことをしてるんだよ。
山ほどしてるんだよ。
だって、今だって未熟な人間が、
千年前はもっと未熟に決まってんだよ。
そうすると、ロクでもないことをしたやつを
今世刈り取るんだよ。

ただし、その中から自分が背負えそうなものしか持ってこないんだよ、
だから、今世はこれとこれとこれを解消してきます、
って決まりがあるんだよ。

自分で選んだものだから絶対超えられるんだよ。
で、それを刈り取るときに、
部長がどなってばかりいたら、
俺も上役のときずいぶん怒鳴ってたと思うから
今日はずいぶん刈り取ったな、と。
刈り取ったから、収穫祭で一杯やろうと思えばいいんだよ。

それをなんで俺はこんなに目にあうんだ、つって、
刈り取りながらここに不平不満の種をまくんだよ。
で、またこれを来世刈り取るんだよ。

これを、因果が巡るというんだよ。
もっと酷いのになってくっと、
人間てのは悪いことばっかしてないから、
いいこともしてるんだよ。
そうすると、いいことが起きるんだよ。
俺もいいことしてたんだなって、
喜んで刈ればいいんだよ。
この幸せはいつまで続くのかって、
いいこと刈り取りながら不満の種をまくんだよ。
来世、ひどいことになるよ。

因果の法則でね、自分がすごい得意だとするじゃん。
自分が字が得意だって、
字の書けないひとなんかみると、
バカにしたり薄ら笑いをすると、
人を小馬鹿にしたうすら笑いって、
ものすごくいけないんだよ。
そうすると、本当に半身不随になったり、
目がね、見えない人になったりするんだよ。
わかるかい?
なぜかっていうと、
魂を傷つけると、
魂とは人間のなかでいちばん大切なものなんだよ。
それを傷つけると、腰とか、腰ってのは
体の要だからね、
腰が動かないだけで体が動かなくなっちゃうんだよ。
それとか、目とかに出るんだよ。

あざ笑ったくらいでそうですか、っていうと、そうなんだよ。
そういう人がいたら、
この人は因果なんだと思っちゃだめだよ。

俺たちもやってるの、
だた、背負いきれないの。
だから、後回ししてもらってんの。
とても、今、背負いきれないから、
勘弁してもらってんの。

何回も輪廻する間には一度はやらなきゃなんない。
だから、そういう子を背負ってくるっていることは、
ダウン症の子やなんかでも天使みたいなの。
ほんとにかわいい性格なの。
最後にそういうおっきいやつもってくるんだよ。

そういう子が生まれる家って、
お母さんの魂や、
親も成長してるから、
面倒見がいいところに生まれるんだよ。
なかには、そういう重症の子を
三人も産んでる子がいるんだよ。
三人に耐えられるだけの愛をもってるんだよ。

すごい人たちなんだよ。
魂が最終段階をむかえた人たちなんだよ。
だから、よくお母さんがね、
「この子を残して私が死んだら、
どうしようとかって思って、
道づれに、一緒に自殺を……」
とかって考えちゃう人もいるんだけど、
それダメだよ、って。
そういう子はね、親に心配かけないの。
ちゃんと早死にするの。

最終段階で、
親に迷惑かけるために生まれてきたんじゃないの。
だから親は心配しないで、ただ、かわいがればいいの。

この前、まるかんの発表会の時に来てた男の子が、
重度の障害者を面倒見るとこへ勤めてんのね。
いくら自分が教えてもご飯食べられない。
基本的なことができないから、
自分はイライラしちゃうんだ、
どうしたらいいだろうって。

その人たちな、魂の最終段階だから、
手づかみでご飯食べてようが、
何しようがいいんだよ、って。
なにもその人たちが普通になることはないんだよ。
普通以上の魂なんだよ。
そのお母さんたち凄いんだよ、って教えてあげたの。
そしたら、その子がこの前、
すごいこと発表したの。

1週間か10日たってから、
自分はなかなかできないのに、
いきなりきた女の子が食事でも
何でもうまく教えたり食べさせたりできる子がいるんだって。
だから、その子はね、何代もやってんだよ、そういう子の面倒を。
キミは今、はじめたばっかりだからできないんだよって言ったの。

それで、立派なお母さんだとか、
立派な魂の子だと思って接してごらん、
つったら、この前、すごいこと言ったの。

自分は、我慢して、
ずーっと何年もこの職場にを勤めてるんだって、
思ったんだって。
見方が変わったら、
この子たちが未熟なオレに我慢しててくれたんだ
ってことがわかったんだって。

この子たちは文句も言わずに、
ずーっと我慢してくれてたんだ、ってことがわったら、
もう身が震えるような思いをした、っつうんだよね。

だから、人間って魂的なことがわかるとね、
違いが出てくるね、って。

俺たちの魂は、努力したものは消えないから、
イチローみたいのは1000年もスポーツやってんの。
ショパンみたいなのはね、何代もやってんの。
十代も二十代も音楽に打ち込んでるの。
だから、生まれたときには天才なんだよ。

だったら、うちの子を三歳からやらしたら、って。
あんたの子は初めてなんだよ。
あいつはいろんな才能があって得してるけど、
俺は得してないとかっていうの。

よく、「得意なものは?」って言うと、
「いや、僕、何もないんです」って。
それって、今まで特別な努力は
何もしてこなかった、っていうことなの。
だったら、今からやればいいの。

音楽が苦手なオレだってさ、
バイオリンを、今から、ギーコ、ギーコやってりやさ。
千年もたちゃ、名人になって、
上手いですね~、ってなっちゃうの。

そういう蓄積があってやってんだから、
逆に言えば、もう年だからじゃないよ。
今からでもやればね、
高野山だか比叡山だか忘れちゃったけど、
そこの100歳近いお坊さんが、
「これから英語やる」ったら、
「今からじゃ遅いんじゃないですか」って言ったら、
「来世、楽だから」つったんだよね。

だからそういう目で見ると、
ものがずっと見えてくるんだよね。
生まれ変わり生まれ変わりしながら、
わかればいいんだよな。
自分が前世やったことなんで、
刈り取ろうっていうことで。

>>> 17分41秒~

それで、今から、このカルマを
ダルマに変える方法がありゃいいんだよな。
で、ほんとに、カルマをダルマに変える、
ダルマ会みたいなのをつくりたいと思ってるくらい。
それで、どうするんですかって話なんだけど、
これからは幸せになる話なんだよな。
全然信じらんない人は
おとぎばなし聞いてるつもりでいてよ。

あのねぇ、
「私は愛と光と忍耐です」
もいっかい言おうか
「私は愛と光と忍耐です」

あのねぇ、天の中心に、
なんて呼んでいいかわからない
「エネルギー体」があるんだよ。
これを、「アラー」と呼ぶ人もいるんだ。
「ヤハウェ」と言う人もいるんだよ。
「大日如来」と言う人もいるんだよ。
「廬遮那仏(るしゃなぶつ)」と言う人もいるんだよ。
日本的にいうと、
「天之御中主(あめのみなかぬし)さま」っつうんだよ。

要は天の中心に、すごいものがある。
それが、俺たちに分け御霊というのをくれてて、
命はそこからしか来ないんだよ。
だから、世界中の学者が集まっても、
タンポポの葉っぱ一枚できないんだよ。
生きてる物は、全部できないんだよ。

生命というエネルギーは神がくれるものなんだよ。
分解すっとたんぱく質が何%って、
じゃ、ぜんぶ、材料集めて、命、作ってごらん。
できないんだよ。
オッケーかい?

俺たちは、分け御霊というのをもらってんだけど、
このおとぎ話のような話が信じられれば、
因果を解消できるんだよ。
オッケーですか?

で、この天の中心の神様、
なんと呼んでもかまわないからね、
これは愛としかり、
俺「ひ」と「し」がいえないかんね、こんなにね。
「愛と光と忍耐」で出来てんだよ。
オッケーかい?
「愛と光と忍耐」で出来てんだよ。

だから、自分も「愛と光と忍耐」になっちゃえば、
神と同じになっちゃうんだよ。
オッケーかい?

それでね、これからは、
因果の解消法の話で幸せになっちゃう話ね。
一日100回、「私は愛と光と忍耐です」って言うの。
オッケーかい?

今言ってることは、みんなで実験しよう、っつってんの。
いいかい。
実験して、みんなが同じ結果が出ればいいんだよな。
わかるかい。

で、俺は証明できると言ってんだよ、その事。
でね、「私は愛と光と忍耐です」って言うと、
100回言うと、忍耐が苦手なやつは
忍耐っていうと嫌な気持ちがするんだよ。
愛のないやつは、
愛っていうと嫌な気持ちがするから
逆に涙流しだすから、要は、
受け入れないものがあるんだよ。

で、なぜ受け入れないんですかっていうと、
愛とか忍耐以外のものが心に入っているんだよな。
満ちてるんだよ。
心は空っぽではないんだよ。
そこに愛という、
要するにコップのなかに泥水が入ってると、
それを水道の下に入れて、
真水をたらっ、たらって垂らすと
朝までに真水に変わるんだよ。
キレイなコップになるんだよ。
てことは、ポタっていうキレイな水が入ったとき、
泥水が落ちてんだよな。
ゎわかるかい。

そうすると、「愛と光と忍耐です」って、
こうやって入れてると、
それ以外のものが落ちだすんだよ。
すと、嫌な気分になるんだよ。
わかるかい。
嫌な気分をためてるんだよ。

だから、そんなもんで幸せになれるわけないんだよ。
そうすると、人によって、
一日目か二日目か三日目か四日目かわかんないけど、
心が晴れ晴れとするときがあるんだよ。
だいたい10日間でなるんだよ
、一日100回、千回でなるんだよ。
もっと言ってもいいんだよ。
ただ、ここにいる人たち、
一日100回ゆって、
何日目でスカッとしてきましたか、って。
それ、話し合いましょうよ。

いいかい。
心の中に「愛と光と忍耐」、
いいかい、入れるよね。
で、これを知るというんだよ。いいかい。

みんな俺から教わったから、知ったんだよね。
これを知るというの、知ったことは経験するの。
オーケ?
経験というのは、
水泳というものがあるんだよ
って話をいくら聞いても、
水の中に入らなきゃ泳げないんだよ。
空手の本を10冊読んでも、瓦は割れないんだよ。
瓦が割れずに手が割れたりするんだよね(笑)
あはははは、わかるかい。

それは経験しなきゃいけないんだよ。
じゃ、知りました。
そうしたら、恵美子さんだろうがなんだろうが、
全員やったことが違うから、
起きてくる因果が全部違うんだよ。
でも答えはたった一個なんだよ、いいかい。

この問題を「愛と光と忍耐」として答えたらどうなるだろう。
で、それで答えを出すクセをつければいいんだよ。

そうすっと、いや浮かばなかったんですって、
浮かばなくてももいいんだよ。
前は「このばかやろう」っていっちゃうとこを、
「愛と光と忍耐」としたら、
って考えただけでも前より一歩。
オッケ?
一歩、進歩してるんだよ。

ね。で、そういうふうに答えだしてくると、
次の段階は答えが出るようになるんだよ、
要するに思ったら言うんだよ。
すと、ゆったらどうなるか、
ゆうとこういう現象が起きるんだよ。
心にひっかかりが出来るんだよ。
スカッとするんじゃないんだよ。
「もうちょっと、ああいえば良かった」
「俺、笑顔が足んなかった」とか、
後から反省点が出るんだよ。

>>> 24分50秒~

そうすると、その反省をしながら
また次に向かうと魂は、
上に上にと向上するんだよ。
オッケー?

因果とは、あなたが出したものと
同じ高さの津波がくると思えばいいんだよ。
津波が来るのは出したときと
同じ次元にいるから、津波にやられるんだよ。
ところが、魂が向上して上に行っっちゃうと、
津波がきても被害はないんだよ。
津波がこないっていってるんじゃないんだよ。
もっと上にいっちゃえば、来る必要もないんだよ。
わかるかい?

だから、起きたことに対して、
これは「愛と光と忍耐」で
っていう解決を考えればいいんだよ。
それで言うクセをつけると
全部消えちゃうんだよ。
オッケー?

心が必ずひっかかる。
心がひっかかったら改良してまたやる。
そうするとどうなるか。

魂が上になってくると、
神様の今度試験がある。
こういうことしてても、
問題起きるんです、って。
起きるの。

なれてくると、
そろそろ神様の試験あるぞ、って。
試験なんだよ。
どうしても言いたくなるような
試験を出されるんだよ。

そうしたら、この問題は、
「愛と光と忍耐」でって考えたら、
答えはいっこなんだよ。
で、答えの出し方の問題じゃないんだよ。
一番の問題は、心構えなんだよ、
要するに「愛と光と忍耐」としたら、
って事なんだよ。
オッケー?

で、それで、やれば全部がうまく行って
因果が解消するんだよ、
要するにカルマがダルマに変わるんだよ。
オッケーかい?
いいかい?

この世の中は対極、男がいて女がいて、
闇があって光があるんだよ。
いいか、覚えといてよ。

神とは、「愛と光」なんだよ。
「愛と光」ってのは、
簡単にいうと、やさしいんだよ。
ほいで、明るいの。
やさしくて、明るいんだよ。

もういっかい言うよ。
やさしくて、明るいの。
これを「愛と光」っつうんだよ。

じゃ、反対がし。
1mの棒があると思って?
で、一番最初、こっちのね、
右端が「愛と光」とするよな。
反対がし、対極が闇、
「恐れと暗さ」なんだよ。
で、真ん中から向こうを
「悪魔の領域」っつうんだよ。
恐れがちょっと軽くなったようなものが、
「心配」なんだよ。

だから、「心配だ心配だ、子供が心配だ」
って言ってる人は、天国いけないよ、
「悪魔の領域」なんだよ。
わかるかい?

子供を心配すんのあたりまえっつうけど、
子供はいっこの魂であなたの所有物じゃないんだよ。
川の流れのように
あなたの身体流れて出てきたけど、
魂はいっこの別物なんだよ。
あなたと同等の魂なんだよ。
この子はこの子の、魂で、
自分で背負えるものをもってきたんだよ。

だからどんなことしても
そのカルマを解消しようとするんだよ。
だけど、親は苦労さしたくないんだよ。
だけど、片一方は経験したいんだよ。

だから、そこにぶつかりあいが生じるんだよ。
この子はこの子で、自分で背負えるものをもってきた。
あなたは、それを超えられる立派な人なんだ。
お母さんは信じてるよ、って言うのが、
「信じてる」ってことなんだよ。

お母さんはお母さんで魂の成長があるんだよ。
わかるかい?

子どもを信じて、
自分を信じて、
神を信じてる人間に、
心配なんかないんだよ。
わかるかい?

それで、真んなかからこっちの神の領域。
いいかい?

「愛と光」というものに、
いつも心を忍耐強く置くんだよ。
忍耐とは、苦しいこと、
悲しいことに耐えろと言ってるんじゃないんだよ。

俺、仕事をしてても、
そんなに「忍耐強く」とか
「辛抱して」とか、
やったことないんだよ。
そのかわり、気持ちを暗いほうとか、
俺のお弟子さんで、
俺の機嫌とった人いないっつうんだよ。

何十年間も俺は、
「愛と光」
要は、やさしくて、機嫌よくて、
明るいところにいるんだよ。
みんなが否定的なのは、実は、習慣なんだよ。
みんなが暗い、っていうのは、習慣なんだよ。
で、あなたの習慣、じゃないんだよ。

あなたの考えは、
あなただと思ってるけど、
実は親の考えとか、
その親はおじいちゃんの考え、
先祖代々、そういう考えで、
世間のいうことを聞いてるだけで、
あなたのほんとのの考えなんか、
何%もないんだよ。
あなただと思ってるのは実は本当の、
あなたではないんだよ。

それで、いつも自分が魂の領域にいるんだよ。
だけど、戻っちゃうんだよ。
よく、「タバコがやめられない」
って言う人いるじゃん。
で、誰かが、刀みたいのもってきて、
「タバコ吸ったら、刺しますよ」
つったらタバコやめるよな。
わかるかい?

それを自分でやりなさいっていうのが、いいかい?
忍耐の忍っていうのは刀の下に心を置くんだよ。

だから歯磨きでも、
左から磨いちゃうやつが、
右が正しいんだよ、っつったら、
1週間ぐらい我慢して右からやんないと、
反対からこうやってやるクセつければなっちゃうんだよ、
だからクセをつけるまでは
心に刃物を持つという気持ちがないと出来ないんだよ。
わかるかい?

ぐっと忍ばないとダメなんだよ。
で、心を「愛と光」のところに
置いとかないと、ダメなんだよ。
オッケーかい?

だから、すべてのこと、
嫌な男でも我慢しましょうとか、
こういうのでも我慢しましょうとか、
そんなこと言ってんじゃないんだよ。
心を明るい方に置くんだよ。
いいかい?

そうするとどういう現象が起きるかというと、いいかい?
人はわくわくすると、
成功するって本がずいぶん出たんだよ。
それをはなゑちゃんやなんかが、
二十何年前に、
「これひとりさんほんとなの」つったけど、
これすごい危険な考えだよ、って。

なぜかっていうと、
人間の心が「愛と光」にいるときは、
神の領域だから、神のひらめきなんだよ。
ところが、心配だと、
たとえば老後心配だ、
このままで私たちやっていけんのかしら
と思っているときに、
投資の話が出てきて、月一割くれるとか、
ワクワクするんだよ。

>>> 32分23秒~

ところが、心配だと、
たとえば老後心配だ、
このままで私たちやっていけんのかしら
と思っているときに、
投資の話が出てきて、
月一割くれるとか、ワクワクするんだよ。
問題は、成功者だけにアンケートとったら
ワクワクしました、って、
「神の領域」にいるときワクワクしたんですか?
心配事とか暗い考えの時にワクワクしたんですか?
失敗者もワクワクはしてるんだよ。

だから、失敗者の場合は
よく考えなきゃいけないんだよ。
そうすっと、そんな投資話なんかあるわけない、
テレビやなんかでも聞いてんだよ。
で、考えるというのは知識の賜物なんだよ。

詐欺に会うような人はよく考えないんだよ。
よく考えなきゃダメなんだよ、
「悪魔の領域」で浮かんだことにワクワクしたから、
やったらエライことになっちゃうんだよ。
友達に聞くとか人に聞けば、
人の知識まで蓄積がもらえるんだよ。

ところが、「神の領域」でひらめいたものは、
考えちゃダメなんだよ。
「愛と光」で考え出したものっては
「愛と光」の合同だから、
やっても間違いはないんだよ。
ひらめきを考えると、
考えには否定的なもんも入ってんだよ。

周りで否定的な人に、
成功してない人に蓄積で聞いても、
このものの答えは出ないんだよ。
だから成功者は必ず
「愛と光」の「神の領域」においてるんだ。
で、心を「神の領域」に置いてる、
そこに辛抱強く、忍耐強く、
心をとどめるクセをつけるんだよ。

そうすると、俺なんかの場合、
いろんなことひらめきますね、っていうけど、いいかい?
「愛と光」んとこに忍耐強く置いてくと、
いろんなひらめきが来るようになるんだよ。
これは、誰でも出来るんだよ。

で、こういうことを聞くと、
あ~人は「愛と光」なんだ、
言ってみようやってみよう、ってやりだすと、
心の中に灯がともるんだよ。
で、こういう話を聞かないときは、
無明の世界といって
闇の中をライトもつけずに
車運転してるようなもんだから、
やたら事故ったりぶつかったりするんだよ。

ところが闇の中で、
あなたの心の中に灯がともりました。
そうすると何がわかるんですか。
周りが闇だということがわかるの。

これが神のプレゼントで、
まず第一の気づきなの。
で、どういうことですか、っていうと、
自分が天国言葉を言ったり、
「私は愛と光と忍耐です」とかって、
いってのに、周りに暗いやつばっかしいるとか、
地獄言葉のやつばっかし、いるっつうんだよ。

やっと気がついたんだ、
あんたがそれを言ってたんだよ。
そう言ったら辛抱強くやり続ければいいんだよ。
忍耐強く、「愛と光」で、ってやってればいいんだよ。
そうすると、灯が大きくなるんだよ。
そうすると、周りも照らされだして、
変わってくるんだよ。

で、俺たちは人生という時間、
今ここでしゃべってても
時間が1分1分過ぎるように、
旅路を歩いてるんだよ。
心に灯をともしながら、
「愛と光と忍耐」ということで
答えを出して歩いてると、
類は友を呼んで、
同じような仲間が集まってくるんだよ。

そこで人生が変わり出すんだよ。
だからこれを淡々とやり続けなきゃいけないのに、
「周りが暗いからヤんなっちゃう」
って地獄言葉を吐くんだよ。
周りが暗いから電気がいるんだよ。

電気の球で
「闇夜がヤんなっちゃう」
とかってないんだよ。
その闇夜を照らすために光はあるんだよ。
俺たちはその為に光をともすんだよ。

で、天国言葉いうんだよ。
誰でもこの言葉を言うと、
状態はよくなるけど、
心にひっかかりができて、
「次はもうちょっと、いいこと言おう」
「もうちょっと、いいこと言おう」
っつって魂が成長する。

そうすると、それでも、
神さまが地獄言葉を言いたくなるような、
試験をくれる。
で、その試験をくれても、
相も変わらず、愛と光で、忍耐強く、
これで答えを出すんだよ。
そうすると、その闇のような問題が
消えてなくなるんだよ。
わかるかい?

人間というのは、俺から法という教えを聞いたんだよ。
法というのは幸せになる方法なんだよ。
法というのは縦糸なんだよ。

で、この経というのは、
縦の糸に錘をつけると、
まっすぐ下向くんだよ。
横向いたり、上向いたりは絶対ないんだよ。
世界中そうなんだよ。
これは世界共通の教えという意味なんだよ。
だから俺が教えてるのは経なんだよ。
世界で同じことが出来るよってことなの。

俺が教えたら江戸川区ではそうなるけど、
葛飾区ではそうなりませんでした
なんてことはないんだよ。
ありえないだ、っつってんだよ。

だから、起きた問題を
「愛と光」でこうやって解決してくんだよ。
そうすると神様がそれでも
愚痴を言いたくなるような試験が出るんだよ。
試験が出てきたら「愛と光」で答えを出す。

これをただ単純にやってればいいんだよ。
そうするとどうなるかっていうと、
あなたは自分をつまらない人間だと
思っていたかもしんないけど、いいかい。
オレから「法」を知る。
経験して行う。
そうすると、実は自分が何者かがわかるんだよ。

自分てつまらない人間じゃなくて、
すごい人間なんだって。
人のお役に立つ、
すごい魂なんだっつうことがわかるんだよ。
知る。
経験する。
何者かがわかる。

これを悟りの三位一体っつうんだよ。
だから、その三位一体やってみよう。

で、オレがね、一人さん塾、
まるかん塾と呼ぶか、
なんかわかんないけど、
その塾でやりたいのは、
みんなでこのことをやろうってこと。
一人ずつが、これをやってたら、
こういうことが起きましたっていう、発表しよう。

そしたら、逆に言えば、
自分ひとりの経験は1なんだよ。
だけど50人がいえば、
それを聞けば50倍になるんだよ。
人はいいものを出し合えば、
10人いれば10倍、
20人いれば20倍向上するんだよ。
その向上のための話なんだよね。

出来たらこういうCDいっぱい配ってあげれば、
うちに集まってこなくたって、一人だって出来るんだよ。
仲間がほしいっつう人が集まればいいんだよ。
それで魂向上してったとき
ほんとに幸せになんのか、
そうじゃないのか実験しよう、って。
実験すれば、誰だってわかるんだよな。

それを発表しあえる会がさっき言ってた、
ひとりさんの仲間の集まる会をつくりたいんだ。

「私は愛と光と忍耐です」
これ1日100回言って。

それで、やったらすぐわかるから。
いいものはすぐわかるんだよ。

で、やりましょうってことです。
なんか長くなっちゃってどうもすいません
(了)

※キーワード
「私は愛と光と忍耐です」

タイトルとURLをコピーしました